石川竜奮闘記

ゴルフ日本シリーズJTカップ

シリーズ

第1話

その女性と初めて言葉を交わしたのは、12月5日の朝だった。

澄み渡った青天で風のない日だったが、冬特有のキーンと凍る様な空気が
東京よみうりCC一面をおおっていた。

ゴルフ日本シリーズJT杯の二日目の朝であった。

私のスタート時間は9:00丁度で、その1時間半前から練習をはじめ、8:30に練習場を後にして、パッティンググリーンに移動するときに私のズボンの後ポケットからヤーデージブックが落ちて、それを拾ってくれたのがその女性だった。

その女性のその日の服装は、頭の方から白いニット帽、黄色の毛糸のマフラー、白いダウンジャケット、黒のパンツに靴はハーフブーツであった。

特に冬の日としては目立った服装ではなかったが、白いニット帽は、彼女を5〜6才年下に見せている様に思えた。

「石川選手!落ちましたよ。」

と言って、私の後ろ5〜6mから走りながら、ヤーデージブックを差し出して来た。

 

ヤーデージブックには、コースの客観的な情報が記入されている。

ホール全体の図が18ページにわたって1ホールずつ書かれていて、ホールの形状やバンカーまでの距離、グリーンの高低差等が印刷されていて、選手やキャディはそれを購入している。

なくしても、また買えばいいという物ではない。

自分のヤーデージブックには、自分だけの情報が書き込まれている。

例えば、1番ホール。このバンカーは越える、又は越えない。

その情報を得た時の風の状況、セカンド地点で使ったクラブとは、その選手特有の情報が書き込まれている。他のヤーデージブックでは使い物にならない。

だから拾ってくれたことに対し、心からお礼を言った。

「ありがとうございます。これがないと今日一日、ひどいことになってしまいます。まあ、昨日もひどかったですけど…」

昨日は日本シリーズの初日だったが、バーディは1個、ボギーが2個、そして2つのダブルボキーがあって5オーバーを打ってしまった。その為、2日目のスタート時間が先頭の組になった訳である。

通常のトーナメントは、木曜、金曜が予選ラウンドで組替えなしに行われ、2日目からスコアの悪い順にスタートが組まれる。

日本シリーズの名の通り、一年間の成績上位30名のみの参加である。

私の成績は、20位であった。

何とか出場権を得たという格好である。

 

私のお礼の言葉に対してその女性は

「がんばってください。」

と言って笑った。

並びの良い白い歯を見せたのが特に印象的だった。

 

私は彼女を何度も見ている。

 

最近では、11月のビザ太平洋マスターズの土曜と日曜に見かけた。その時の彼女は白いニット帽をかぶってなかったと記憶している。

 

あれから1ヶ月、一段と寒くなったのだ。

 

その日のプレーは1番、2番で連続ボギーを打ったものの、6番、16番でバーディを取って、イーブンパーで17番ホールに対していた535ヤードパー5。

打ち落ろすホールでティーショットが成功すれば、イーグルを狙えるホールだ。

快心のティーショットを打って、セカンド地点からピンまで178ヤード。

右奥のむずかしいピンポジションでピンの奥が大きく削られたガケの様になっている。

私は悩まず、7番アイアンを抜いた。

今年1年練習してきた高いフェードボールでピンを狙った。これまた理想の球を打って、ピンの下2mに球は止まった。

そして慎重にイーグルパットを沈めた。

朝一番のスタートとあって私の組についたギャラリーは少なかったが、それなりに拍手をもらった。

 

例の女性も拍手をくれた。

 

改めて100人に満たないギャラリーの顔をながめてみる。

父やスタッフの他に顔見知りが数人いる。

よく応援に来てくれるファンだ。

顔は知っているが、名前は知らない。

例の女性も、そういうファンのうちの一人である。

 

イーグルを取ったので、18番ホールは私がオナーとなり、ティグランドに上った。

230ヤードパー3。

グリーンの奥はギャラリースタンドに大勢のギャラリーが集まっていた。

2,000人以上が見ている中でパー3のティーショットを打つ。これがたまらない。

私は3アイアンでグリーンの端に球を乗せ、2パットのパーでその日のラウンドを終えた。

アテストの後、練習場に向かい、1時間ほど球を打って調子を整えた。

クラブハウスに引き上げ、20名程のファンにサインをした。

 

例の女性は、少し離れたところから、そんな私を見ていた。

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